うつでも元気(心が元気)に仕事をする方法
社会では、うつは怠け病だなんて言われてしまうこともあるので、自分はもしかしたらそうかも?という気がしても、それを隠している人が多いと思います。
本当は元気がないのに、毎日無理やり動いている人は、多い気がします。
わたしも昔は限界を超えても働くタイプで、たとえ具合が悪くても無理やり動いていました。
でも、あるとき強制終了のようなかたちで動けなくなってしまったときに、無理やりのがんばりが使えない怖さを体験しました。
それからは、無理やりのがんばりは、人生を通して使うはずの貴重な燃料を前倒しで燃やしているだけなんだなあ…と思うようになりました。
うつは、そうなりやすい脳に生まれる人もいるし、後天的になってしまう人もいるそうです。
先天的でも後天的でも、それが社会生活で問題になるときは、それについての罪悪感がある場合が多いと思います。
罪悪感がない場合は、元気がなくなったら休むし、それなのに周りには「この人はそういう人」と理解されたりするし、それで怒られても罪悪感がないのだから気になりません。そして不思議なことに、気にならない人に怒る人はなぜかいません。(なぜだろう??笑)
でも罪悪感がある場合は、社会がありのままの自分を許してくれるのが先か、それとも自分が苦手なことをがんばって認めてもらえるのが先か、というように、世の中が厳しい場所に見えてしまいがちです。
罪悪感は、幼少期に自分のその性質が好かれなかった場合に抱きがちです。
個人的なイメージでは、うつそのものが問題になることは少なくて、要するに自己肯定感の問題かなあという気がします。
自己肯定感を上げるには、たとえばうつの症状を減らせて「少し良くなったね」という感じではなく、「この上下は自然なこと」として受け入れることが大事です。
そして、気分の上下があってもそれと罪悪感が連動しない人がやるように、自分も自分の上下を受け入れて生活することです。
自分が自分の上下にOKを出せると、その上下も含めてOKだったり、そういうはずみ車みたいな性質を必要としていたり、それがむしろ面白いと感じるような人にも出会えたりします。
また、そういうことに悩みながらも生きていることすら、必要とされるかもしれません。
そうやって、自分のネガティブ(と自分では思ってきた)な部分で仕事ができるようになると、今度は自分の性質そのものが自分の自己重要感を上げてくれるような好循環に入れます。
わたし自身も、自分を肯定できるようになってからは、仕事の辛さがなくなっていきました。
苦手なことをがんばるのではなく苦手なことをしなくていい仕組みを作る…みたいな解決策も、苦手な自分を否定している間は絶対に出てきません。
あとは自分を肯定できるようになるにしたがって、これは苦手だ、嫌だ、と感じる自分の感覚を支持できるようになるし、
逆に、これは怖がっていただけで、自己肯定感さえある程度上がればできてしまうなあ、と気が付くようなことも増えていきます。
人間関係が苦手だったりうつだったりする人の悩みとは、要するに、自己肯定感の話かなと思います。
悩みから解放されるには、自分の自己肯定感が下がってしまった経緯を、育ちを遡って理解すること、
そして、後付けの罪悪感の部分はたしかに病状かもしれないけれど、その性質自体にはなんの問題もない、と理解することです。
逆に、自分の性質を許さない方向へがんばるのは、社会には多少認められるかもしれないけれど、そのわずかな小銭のために自己肯定感を自ら下げてしまうのは、自分のためにぜひ避けたいです。
もうしばらくすると、自分を心を抑えたままやれてしまうレベルの仕事は、ロボットやAIにでもできてしまうだろうから、
本当に人間が必要とされるのは、皮肉なことにぼくらが抑えることをがんばってきた、人間的な面だけになっていくような気もします。
だから、隠しているこれやそれは、自己肯定感の低さをも含めて、きっと「価値」なんですよね。