バシャールの「ワクワクは人生の万能キット」は本当だった。
わたしはバシャールが好きなんですね。
スピリチュアルは怖いんだけど、バシャールだけはなぜか何度も読んできたんです。(80年代にすでに父の本棚にあった記憶がある)
宇宙人が書いた本です。
怪しいでしょう?笑
もうこれだけで、ビジネス目的で来てくれた人たちがごっそり去っていった気配がするのですが、まあ気にせず続けます。笑
バシャールは、超合理的思考です。
若い世代にとっては、がんばっているようじゃもう終わってる、だって楽しそうにやっている人には敵わない、というような考え方は、当たり前のように聞こえるかもしれません。
でもぼくらの世代(いま40代)にとっては、日本人がまだ「はい」と「がんばります」しか言う自由がなかった80年代に、この現代でも通用する生き方をすでに書いているところが、バシャールはすごいなあと思うのです。
それと比べると、がんばっていればいつか報われる…みたいなよくある話の方が、なにか騙されているような気がして、わたしは怖く感じてしまいます。
ではバシャールがなにを言っているか?というと、わたしが一番影響を受けたのは、
「ワクワクすることをやろう」
です。
ワクワクすることは人生の「万能キット」だから、それだけやっていればいい、
その他はなにもかも、自然に最適化されるんだ、
いろいろ考えてみても、それ以上のことはありえないんだ、
みたいな考え方なんです。
実際その考え方は、シンプルな頭脳を授かったわたしにとっては、とても助けになりました。(笑)
わたしは小さいころからいい大学へ行くプレッシャーを感じていた覚えがあるけれど、
父はバシャールを読んだからだと思うけど、あるとき突然「アメリカ行く?」と言い出し、
わたしを交換留学生プログラムに登録し、送り出しました。
そのときは、「あれ?大学は?」と混乱したのですが、帰ってくるころには父のワクワクに感謝をしていました。
あとは、留学期間を4年間に延長(アメリカの高校へ転校して卒業し州立大学へ進んだ)したことや、
起業を直感で決めたことも、まあ実家の借金の保証人になってしまったことで苦労もしましたが、とてもワクワクしました。
そして次は子供が生まれたことが大きな変化で、そのとたん自分の中のすべての関心が仕事から家族生活へ移ってしまい、育児に専念することになりました。
そのためにわざわざ神奈川県から長野県へ移住しスタートした育児体験は、わたしにとってはプライスレスな時間でしたが、
そこへ至るどの決断をとっても、ワクワクをもし無視していたら実現しなかっただろうなあと、少し怖くなるくらいです。
(林の中のこの賃貸の家を契約した。これは引っ越しが待ちきれずに見に行った時の写真)
そのあとも、もっとこの生活を続けたいと思い、事業売却を思いつきました。
売りに出すと、上記のような経緯で育児休暇をしたい一心で構築した仕組みである「オーナーが出社しなくても回る事業」であることが評価され、
年商数億円に過ぎない小さな会社に複数の上場企業がオファーをくれました。
そして、そのお金でさらに育児生活を5年以上延長し、子供が高校生になるまでほとんど毎日一緒にいました。
まあもちろんうまくいったことばかりではなく、失敗もしてきました。
実家の借金を自分の能力を超えて引き受けてしまい、月末にお金が足りずに何度も倒産寸前まで行ったし、
強気に新しい事業を始めてみたものの失敗したり、といろいろやりました。
でもほんとに笑えるほど、失敗したなあと思うことは、自分のエゴの欠乏感に支配されていたときに決断したものばかりでした。
父の負債の保証人になるたびに一族のヒーローになる快感には抗いがたかったし、新しい事業も支店出店もだれかに「すごいね」と言われたかっただけで、今思えばどこか純粋なワクワクとは違いました。
そんなことのために会社の貴重な現金やあとは自分の人生を投入したのかと思うと、自分なにやってんの?と思うけど、
そのときはそんな欠乏感を正当化する思考でいっぱいで、本当の意味での検討や思考、そしてワクワクはありませんでした。(まあわたしは基本的自己肯定感が低いんだろうな)
そんな自分の強烈なエゴの扱いだけがすっごく難しいと感じるけれど、そこはバシャールに加え、独自に禅を学びました。
禅を学んだことによって、バシャールが言うワクワクを追いかけるときに障害となる、「偽のワクワク」(←これは本田健さんの表現)のようなものとの区別もつくようになりました。
どうしてもワクワクを追えないときや、追っているはずなのにうまくいかないときは、その障害となっている感情を直視し、その感情を生み出している観念を自分の中に探す。
そうやって自分の欠乏感や恐れが理解できれば、自然と癒されていく。
それもワクワクを追うから初めて見えてくるもの。
「ワクワクは人生の万能キット」という法則は、腹をくくってやればやるほど「その通り」と腑に落ちるのです。
ワクワクを追うとうまくいくのは、そうすると進化するからじゃないかな?なんて気がします。
ぼくらはまだ99%が猿のころから続く動機で生きているけれど、
自分の中のわずかな人間の部分を使って、自分はまだ人間ではなくほぼお猿に過ぎないことを理解すると、
進化の神さま?が喜ぶ気がするんです。
もうがんばらなくていいよ、競わなくていいよ、戦わなくていいよ、
その先にはもうなんもないよ、(というより絶滅しちゃうよ)
それよりもワクワクすれば?
生存競争よりもワクワクを選ぶのは恐ろしいことだけど、
でもそうやるとその瞬間にもう世界は違って見えて、
それが要するに君たちの「進化」なんだよ。
そしてそう生きるほど快適になるように、
もうすでに現実世界の構造もとっくに変わってるんだよ。
周りを見渡してごらん。
少し昔は社会的に成功しているほどプライベートが不幸というのが相場だったけど、
ワクワク生きている現代人たちは、幸せと裕福さの両方を手に入れているだろう?
だから「万能キットだけ」でいいんだよ、と。
ただね、恐ろしいぞ。
猿のころの生存競争ホルモンを使わないという選択は。
がんばったり、戦ったりするエネルギーに頼らないのは。
それでも君はやるかい?
まあここだけの話、賞金も賞品もなかなかだけどね。笑
…という、「進化の神さま」出題のアドベンチャーゲームなんです。きっと。
ぼくの人生はもうバシャールの実験マウス(地球人でもできるかどうか?笑)みたいになっているけど、ほんと望むところなんです。
まあもともとはバシャールは父からの影響なので、結果的には親子の共同作業なのかな、
だから「父ちゃんありがとう」なのか。
ん?万能キットには父との和解すら含まれているのかー笑