子育て中は小さな家に住むススメ
これは負け惜しみで言うわけじゃないんですけど、まあ負け惜しみなんですけど、
子育てをするなら高校へ入るまでは、小さい家のほうがいいとわたしは思います。
小さな家「でもいい」のではなく、小さな家の「ほうがいい」です。
子育ては、子供との時間をできるただけたくさんもったほうがいい…というのは、みな同意するだろうと思います。
でもこれは、家の大きさが大きく影響していると思うのです。
誰かにデータをとってほしいくらいだけど、家が小さい場合、わたしのイメージでは少なくとも3倍は、家族が実際に一緒にいる時間が長い気がします。
この、大きな家が必要かどうかの話は、やはりメンタルの話かなと思います。
人生の早い段階で大きな家に住みたいのは、もちろんわたしもそうだったのでその動機は簡単にリストアップができます。
まずは、「安心したい」。
早く家を買って人生の早い段階でローンを払い終えたい。
友人の話を聞いていても、まあこれが一番の動機かなあという印象です。
わたしも、この記事で書いたように「定住はしない」という結論に至るまでは、そう考えていました。
そして次は、「見栄を張りたい」。
これも誰しも程度は違えどあると思います。
わたしも定住はできないけれど、別荘くらいはあってもいいかななんてよく思います。
その半分くらいの動機は見栄です。(あと半分は「森の中での隠れ家生活はこの世で一番落ち着く」から)
まあそれもよく考えると、とくに出費の面でリゾートホテルをつかう方が合理的だし、非日常的な場所へ行くことを目的と考えるなら、一か所に縛られないほうが楽しいでしょう。
でも別荘があっても、あるのを忘れちゃうくらいの大富豪なら、あってもいいかなと思います。(←しぶとい←やっぱり本音は欲しいようだ)
もう一つは、「子供部屋がなければならない」。(と信じている)
コマーシャルな世の中では、子供の自立心を養うために子供部屋があったほうがいい、ということになっています。
個人的には、これは欧米流の、消費を促すための宣伝文句かなあと、育児専門書をたくさん読んできたこともあって、思います。
子供部屋については「あってもいい」くらいでいいように、個人的には思います。
わたしの友人の家庭は、わたしが知る限りでは最も家庭円満な家なのですが、彼らは大きな家に住んでいます。
でもみんないつもリビングルームにいる。仲がいい。
寝るときも最初はずっと一緒で、子供たちが徐々に自分の意志で自立していった感じです。
これと教育を結びつけて「ノウハウ」なんて言うつもりはありませんが、子供たち3人はものすごく健全だしいろいろな分野で超優秀です。
わたしのあの友人からそういう子たちが生まれたのはすごく不思議なんだけど(ごめん笑)、でもだからすごいと思うんですね。
遺伝の話はトラウマによる悪影響以外はあまり関係ないのかも…、伸びる分野は新しさが優勢なのかも…、なんて思います。
でも教育という下心から考えてみても、彼らを観ていると、子育てはほんとただ一緒にいて、かつ成長は放っておけばいいのかも、(相反するが)
それがなれる限りの優秀さを開花させる方法なのかも、なんて思ったりします。
(でもそれを目的にするとおかしくなっちゃうのが相場なので、考えない)
さらに余談ですが、欧米人は子供部屋を早くからもたせる主義の人が多くて、乳児の段階からもう別の部屋で寝かせます。
赤ちゃんが泣くと、両親の部屋のスピーカーから泣き声が聞こえるようなシーンを、映画でもよくみます。
欧米人は日本人に比べると自己主張が強いですが、それは異なる民族が隣り合って生きてきたのももちろんあると思いますが、
直近の、直接的な影響としては、人生の一番最初の段階で欲しいものが手に入らなかった(安心して寝たかっただけなのにそれが叶わなかった)トラウマなんじゃないかなと、少し乱暴かもしれないけど、すごく思います。
なぜ欧米人は、あれほど何者かにならないといけないのか?勝ち取らないとならないのか?
意外とこんな感じかもしれません。
(まあそんな欠乏感→ハングリー精神でもって成功させよう、生き残らせようという意図なのかもしれないけど)(わたしは長い目で見れば逆効果だと思うが)
子供と過ごす時間が増えるといいのは、子供だけでなく大人もです。
わたしはたぶん日本のお父さんの中で一番長い時間を子供といた、実験的なお父さんの一人ではないかと思いますが、
それは恐ろしかったし、社会的にはくやしかったこともあったけど、本当にそうしてみて良かったです。
人生の時間というのは間違いなく有限で、しかも終わってみると想像していたよりもずっと短く感じるものだということを実感しています。(老人みたいなことを言っていますが40代です)
今回は何を言いたいのかと言うと、経済的な心配とか社会的に認められる話は当面は解決しなくても、子育ては小さな家でいいのだから、というかそのほうがむしろいいのだから、「心配はいらない」という話でした。
わたしの友人みたいに両方とも手に入れられる人はそうすればいいと思います。
でももしどちらかしか選べない状況だとしたら、家族との時間のほうを選んだ方が、生きた感じがすると思います。
人生の最期には、その生きた感じ以外は、たぶんどうでもよくなっている気がするので。
まあ、とはいえ、見栄の話も、自分の中のかわいいエゴくん(=なかなか満たされない生存本能)のために、あとからでかいのを建ててあげればいいんじゃないかなと思います。
わたしはこれがほしい↓
アメリカ留学中にこういう別荘が森の中にたくさんあって憧れた。
ホストファミリーの家も湖に面している、こんな感じの美しい家だった。
少し寂しい話だが…、別荘には子供部屋は必要ない。
でもその代わり、みんなで過ごすメインの部屋を広大にしよう!
ウッドストーブをつけ、あちこちに快適なチェアを置き、キッチンも大型にしよう!
家中に写真を飾って、みんなそれぞれの生活をする時代になっても、ここを心の本宅にしよう!
(わりと本気だな…笑)